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槍ヶ岳3180m撤退
今年の年末は「槍で正月を迎えたい」と半年前から計画を進めていた。

軽量化に努めたつもりだが、ガスや食料など意外なほど重量がかさみ、三脚と中判カメラ、小物やフィルターなど、槍ヶ岳に登るのに必要ない物は置いてくことにした。
しかし、軽量化の為に買った200万画素のデジカメは非常にイマイチな写りで、持っていたら後悔しそうだ。600万画素のデジカメだけは、そのまま持って行くことにした。

 


マッケン宅を3時30分に出発して新穂高の駐車場に到着したのは5時30分。ヘッドランプを点灯させ、暗い林道を黙々と歩きながら穂高平小屋に到着すると、槍や穂高へ行く人達が静かに休憩していた。
今日の空は霞んでいるけど穂高平小屋から槍の先っぽが見える。まだまだ槍は遠い。本日中に中崎尾根まで進む計画になっている。

白出小屋に到着すると林道も終わり、ここから雪崩に注意しながら進まなければならない。
天気の都合で日程を2日ほど遅らせたが、トレースもバッチリで槍平小屋まで問題なさそうである。だんだんと雲が多くなってきたけど、週間天気図によると激しく崩れそうな感じではない。

槍平小屋に到着した頃から雪が降ってきた。
雪から水を作る予定だったが小屋の近くに水が流れており、燃料の節約の為に水筒を満タンにする。

テントの住人は、槍平をベースに槍へ行ったのだろうか?
中崎尾根と飛騨沢方面のトーレスもバッチリで、ちょっと休んでから予定通りに中崎尾根でテントを張るつもりだった。


冬期小屋の前で休憩してるとガンガンと雪が降ってきた。
このまま中崎尾根で吹雪かれても嫌だし、テントを張る為の準備も面倒なので、冬期小屋で昼寝をすることにした。
真っ暗な冬期小屋は静かで快適だったが、夕方になると巨大なテントが出現して宴会が始まった。


前日から降り続いた雪が70cmも積り、すっかりトレースが消えてしまった。
寄せ集めの5人のグループで交代しながらラッセルを続けるが、携帯電話で稜線に停滞している仲間と連絡してる人の話だと、雪崩の危険もあって、ほぼ視界も無いという。
このまま前進しても槍ヶ岳に到着できないばかりか、自分の体調もイマイチで一緒に行動できそうにない。雪崩の音も聞こえるし、どうしようか悩みながらラッセルを続けるが、だんだんと天候が回復してきたので、槍ヶ岳を諦め一気に新穂高まで下山することにした。

槍平小屋方面を振り返ると悔しいほど青空が広がっていた。途中で何度も休みながら雪崩の跡に遭遇した時は、内心ヒヤヒヤして足早になったが、穂高平小屋へ到着するとマッケンがニヤニヤしながらノートに落書きをしている。
何を書いてるかは知らないけど、また「2等兵参上」とでも書いてるんだろう・・・
下山届けを提出して共同浴場で汗を流そうと入口へ行ってみると「本日から冬期時間となりました」との事で追い出されてしまった。

第1日目
新穂高(6:05)〜穂高平避難小屋(7:16)〜白出荷継小屋(8:24)〜滝谷避難小屋(10:08)〜槍平小屋(11:44)

第2日目
槍平小屋(8:04)〜撤退(9:47)〜槍平小屋(11:11)〜滝谷避難小屋(12:19)〜穂高平避難小屋(14:40)〜新穂高(15:17)

2003年12月29〜30日

「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平15総使、第244号)」


登山をされる方へ

日帰りで帰ってこれる山登りが中心となっています。
山に登られる方は地元の警察や登山地図を参考に登山計画を立ててください。なお、このサイトはあくまで私が見た現地の様子なので、参考程度に御覧下さい。